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東京高等裁判所 平成11年(行コ)109号 判決 2000年1月27日

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が、控訴人に対して平成八年九月三日付けで通知した、控訴人を第一七期被控訴人会員の選出に係る学術研究団体として登録しない旨の同年八月六日付けの決定が無効であることを確認する。

第二事案の概要

一  本件は、控訴人を第一七期被控訴人会員の選出に係る学術研究団体として登録するよう求める控訴人の被控訴人に対する申請を排斥した右第一の二記載の決定(以下「本件決定」という。)について、控訴人が本件決定は日本学術会議法(以下「法」という。)一八条及び憲法二三条に違反して無効であるとして、本件決定の無効確認を求めたのに対し、被控訴人が本件決定は処分性を欠き、本件訴えは無効確認を求める法律上の利益を欠くとして、本件訴えの却下を求めた事案である。

原審裁判所は、学術研究団体が被控訴人の団体登録を受けることにより受ける利益として控訴人が主張する利益は、法が団体登録によって付与するものではなく、団体登録によって事実上生ずる反射的利益というべきものであり、本件決定の無効確認を求めるについての法律上の利益ということはできないから、本件訴えは無効確認を求める法律上の利益を欠く不適法なものであるとして、本件訴えを却下した。

そこで、控訴人らがこれを不服として本件控訴を提起したものである。

二  本件の争いのない事実等並びに争点及び争点に関する当事者の主張は、次のように原判決について付加し、次の三及び四のように当審における控訴人の主張及びこれに対する被控訴人の反論を付加するほか、原判決「事実及び理由」欄の第二「事案の概要等」の二(原判決三頁五行目から五頁九行目まで)及び第三「争点及び争点に関する当事者の主張」の一から三まで(原判決五頁一一行目から一二頁二行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

(原判決についての付加)

原判決一一頁七行目の「厳格に審査されるべきところ、」の次に「本件の届出に係る関連研究連絡委員会の学術領域である経営学と控訴人の学術領域であるシステム監査学との関連性が希薄であるとする被控訴人の判断の根拠については、総合的判断という文言以外に具体的な説明はなく、何らの資料の指摘もなかったものであり、」を加える。

三  当審における

控訴人の主張次のとおり、控訴人には、本件決定の無効確認を求める法律上の利益があるものというべきである。

1  被控訴人の会員は、法二二条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣がこれを任命する(法七条二項)。しかし、内閣総理大臣は推薦された者を拒否できないと解されるから、「任命手続の一環を構成する手続」という被控訴人の主張の表現は不正確であり、「形式的な任命手続を拘束する前提の選挙手続」というべきである。

2  団体登録の効果として、会員候補者の選定権及び推薦人の指名権の取得があるが、この「選定権」及び「指名権」という選挙権は、団体登録の法的効果の中核的なものであり、次のような憲法的意義を有する。

(1) 被控訴人は、明治憲法下の政府が日本国民と諸外国国民の基本的人権を侵害し、個人の尊厳を損なう行動を行う体制(大政翼賛体制)に科学者も巻き込まれてしまったことへの反省に基づき、「科学者の国会」たる独立行政委員会として設置されたものである。

(2) 被控訴人の会員は、我が国の科学者の代表であるから、その選出は、民主的な選挙制度によるものとして立法され、改正によって推薦・任命制度とされたが、推薦手続は選挙制度の一形態と解される。この選挙制度の選挙権は本来一人一人の科学者の基本的人権の一環として考えられるが、科学者側の団体性という特性にかんがみ、権利能力なき社団である学術研究団体を右選挙権の主体としたのである。そして、自然人たる国民の選挙権が成年者に認められるのと同じよう、三年以上の学術研究活動(法一八条一項二号)などの一定の客観的資格要件が定められている。この客観的資格要件を充足する学術研究団体は、基本的人権(あるいは類似の権利)として、被控訴人会員の選挙権を有する。団体登録の決定は、その選挙権を具体的選出手続の前提として選挙人名簿に登録し、具体的な選挙権(登録されなければ選挙権を行使できないという意味)の行使を可能ならしめる行政処分である。

(3) 右2のとおり、登録団体には「選挙権」が付与されるのに対し、団体登録を受けていない団体には具体的な「選挙権」が付与されず、推薦手続に参加できなくなり、団体登録は登録団体に対してこれを受けていない団体と異なる資格又は権利を付与するものといえる。

(4) 法は、法一八条一項及び規則に定める要件を具備する学術研究団体に対して選挙権を付与しており、これは、憲法の個人の尊厳(別段、一三条)、民主主義、学問の自由(二三条)などの憲法的理念及び基本的人権規定に裏打ちされた重要な人権である。

問題は、このような重要な人権が被控訴人の不登録及び異議却下という行政処分によって侵害されたことなのであって、この侵害の重大性は任命手続が終了したからといってなくなるものではない。

(5) 仮に、本件において被控訴人の採った行為が法的に是とされるならば、学問の発展のために新しい学会が次々に現れている今日、被控訴人は、学会が届け出た研究連絡委員会との関係が希薄との理由で、法に定められたすべての要件を具備する新しい学会の登録申請を恣意的に却下することができることになる。これは、憲法二三条に定められた学問の自由に対する重大な侵害である。

四  当審における控訴人の主張に対する被控訴人の反論

1  法において控訴人が主張するような学術研究団体の「選挙権」を定めた規定は存しない。

会員として推薦すべき者の決定に関しては、法二二条において「推薦人として指名された者は、(略)共同して、(略)会員として推薦すべき者及び会員として推薦すべき者を決定し、日本学術会議を経由して、これを内閣総理大臣に推薦する。」とされているのであって、登録団体が会員を選挙するというものではないのであるから、団体として登録されれば会員の選挙権を取得する旨の控訴人の主張は何ら根拠がないものである。

2  学術研究団体の登録が内閣総理大臣による会員の任命に至る過程の一手続であることは、法(一八条、一九条一項等)及び規則(八条等)から明らかであって、この点に関しては、被控訴人の原審における従前の主張を援用する。

そして、本件における学術研究団体の登録は、第一七期(平成九年七月二二日から平成一二年七月二一日まで)の会員の推薦手続に係るものであるから、会員の任命行為が終了した後において(なお、既に第一八期会員の推薦手続が行われているところである。)、学術研究団体が当該期の会員候補者及び推薦人の選出のための存在である登録団体としての地位を取得することについては、推薦手続上もはや何ら意味を有しないのであるから、登録しない旨の決定を受けた学術研究団体において回復すべき法律上の利益は存しない。

3  したがって、本件決定によって控訴人が会員の候補者を選定したり推薦人を指名したりすることができなくなったとしても、任命行為が終了した現時点において、控訴人に登録団体としての地位を回復することに法律上の利益はないのである。

以上のとおり、「選挙権」を侵害されたから訴えの利益があるとの控訴人の主張は、理由がないものというべきである。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も、本件訴えは無効確認を求める法律上の利益(行政事件訴訟法三六条)を欠き不適法であると判断するものであり、その理由は、次のように原判決について加除、訂正をし、次の二のように当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほか、原判決「事実及び理由」欄第四「当裁判所の判断」の一から三まで(原判決一二頁四行目から一七頁二行目まで)の説示と同一であるから、これを引用する。

(原判決についての加除、訂正)

1  原判決一四頁九行目の「もっとも、」から同一五頁六行目の「ものといえる。」までを削り、同一五頁七行目の「しかし」を「そして」に改める。

2  同一五頁一二行目の「そして、」から同末行の「認められる。」までを「なお、証拠(乙第六、第七号証)及び弁論の全趣旨によれば、第一七期の会員の任命手続は既に終了しており(既に第一八期の会員の推薦手続が現在行われている。)、また、控訴人の被控訴人に対してされた再度の団体登録の申請が本件控訴の提起後に認められ、現在控訴人は被控訴人の登録団体として団体登録を受けるに至っていることが認められる。」に改める。

3  同一六頁四行目の「利益の対象が」の次に「法律上」を加える。

4  同一七頁一行目の「無効確認を求める法律上の利益」の次に「(行政事件訴訟法三六条)」を加える。

二  当審における控訴人の主張に対する判断

1  控訴人は、前記第二、三の1ないし5のとおり、①法二二条の定める被控訴人の会員の推薦手続は、内閣総理大臣の任命手続を拘束する選挙手続であり、②被控訴人の登録団体に付与される会員候補者の選定権及び推薦人の指名権は、会員の「選挙権」であって、③団体登録がかかる「選挙権」を登録団体に付与するものである以上、このような重要な権利を侵害した本件決定については、その無効確認を求める法律上の利益があるものというべきである旨主張し、また、④右の「選挙権」は、個人の尊厳(憲法前段、一三条)、民主主義、学問の自由(憲法二三条)等の憲法的理念及び人権規定に裏打ちされた重要な権利であるから、その侵害の重大性は、任命手続が終了したからといってなくなるものではなく、⑤本件決定のように研究連絡委員会との関係が希薄であるとの理由で新しい学術研究団体の登録申請を恣意的に却下することは、憲法二三条の学問の自由に対する重大な侵害である旨主張する。

2  しかしながら、右①ないし③(前記第二、三の一ないし3)の主張に関しては、被控訴人の会員は、法二二条の規定による推薦に基づいて内閣総理大臣が任命するものとされ(法七条二項)、右推薦の手続は、各登録団体又は各関連研究連絡委員会が指名して被控訴人に届け出た推薦人が、各登録団体が選定して被控訴人に届け出た会員の候補者の中から、会員又はその補欠として推薦すべき者を決定し、被控訴人を経由して内閣総理大臣に推薦するというものであり(法一九条、二〇条、二二条)、法一二条の規定を受けた日本学術会議法施行令四条、七条、日本学術会議会員の推薦に係る研究連絡委員会の指定等に関する規則二条には、会員又はその補欠として推薦すべき者の数が定められているものの(乙一)、これらの規定を検討しても推薦人が右「推薦すべき者」を決定する方法は選挙によるとの規定は存在しない。そうすると、会員の人選の過程における登録団体の関与の仕方は極めて間接的なものであって、登録団体に会員の選挙権があるとの控訴人の主張は根拠がないものといわざるを得ない。

そして、憲法上の選挙権は、国民主権の理念に基づき、主権者である国民を主体とし、国民が普通選挙により国家機関の構成員である公務員を選定する権利として保障されているものであり(憲法一五条一項、三項)、科学の向上発達等を目的とする社団である被控訴人の会員の推薦をどのようにするかという問題は、社団内の手続上の問題であって、憲法上の選挙権に関する公法的規律の対象外の事柄であると解するのが相当である。

したがって、団体登録により登録団体に会員の「選挙権」が付与されるとの主張を前提として、本件決定の無効確認を求める法律上の利益を論ずる控訴人の右①ないし③(前記第二、三の1ないし3)の主張は、その前提を欠き、理由がないものというべきである。

3  また、控訴人の右④及び⑤(前記第二、三の4及び5)の主張に関しては、前記社団の会員の推薦手続に学術研究団体が前記の間接的な方法で関与し得るか否かという社団内の手続上の問題は、憲法一三条等の個人の尊厳に関わる事柄ではないし、それ自体実体的な学問研究活動等の自由と関係するような事柄であるともいえないから、右推薦手続について学術研究団体が憲法二三条等により保障された何らかの具体的な法的権利を有するものとはいえないと解するのが相当である。

したがって、団体登録により登録団体に憲法上の権利(憲法二三条の学問の自由等)が付与されるとの主張を前提として、本件決定の無効確認を求める法律上の利益を論ずる控訴人の右④及び⑤(前記第二、三の4及び5)の主張は、その前提を欠き、理由がないものというべきである。

そして、前示のとおり、控訴人が本件において主張する利益は、いずれも、法が団体登録によって付与するものではなく、団体登録によって事実上生ずる反射的利益というべきものである以上、控訴人が右④(前記第二、三4)において指摘する会員の任命手続の終了に伴う法律上の利益の消長について論ずるまでもなく、本件訴えは無効確認を求める法律上の利益を欠くものというべきである。

第四結論

以上の次第で、本件訴えは無効確認を求める法律上の利益(行政事件訴訟法三六条)を欠き不適法であるとしてこれを却下した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原健三郎 裁判官 橋本昌純 裁判官 岩井伸晃)

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